その2…あえてLED付き衣裳を着て踊る事について

(普通に踊った方が100倍良いのになぜ?)
もう、バカみたいにそればっかり考えてた。
LED衣裳のパートに比べたらその他の素晴らしい身体で見せるパートがほとんどなんだけど
その部分が素晴らし過ぎるが故に、この人間クリスマスツリーが際だって気になってしょうがなかった。

でも、答えはあっけなく出た。
公演後のアフタートークで平山さんご自身がLED衣裳について話されたからだ。
「あの衣裳を着るという、そういう”制約”を課す事で生まれるものを見つめたいと思った。」
「そうする中で新しい身体感覚を探りたかった。」

制約。
腑に落ちたし、本当は普通に踊る方がいい事もわかってらっしゃるんじゃないかな。

その時閃光が走った。
ふと、思い当たる事があったのだ。

少し前に観たある踊りの公演で(その踊り、そういう風に踊っちゃうの?)
と首をかしげちゃう、自分なら絶対にあり得ない踊りの解釈にソーグーした。
(え~?そう来ちゃう…。まいったねー)みたいなまったく思いもよらない展開で、
それはまさに出くわしたっていう感じだった。
結構それは強烈な手法で、意外性の固まりだった。
というより、正直まったく良いと思えなかったし、
このみぞおちの辺の不快感どうしてくれるのって感じだった。

でも、この平山さんの話で(待てよ)という気になったのだ。
したい事をする時、結果なんてどうでもいいんだ。
今さら何?って云われるかもしれないけど、そう今さらなのだ。
それって純粋な何かだと思う。
幅を広げるためには、ある時謎の運転手、ある時アラブの大富豪、
ある時無邪気なチャレンジャーでいいんだ。
その姿勢には静かにこうべを垂れたくなる。









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