どうぞそのまま

世のため人のためにならないページ

さようなら。

まだ小学生だった私に、「ヨーコ、これ読むか?」と
「カムイ伝」を教えてくれた、
目上の人との酌の交わし方を教えてくれた、
刺身の美味しい食べ方を教えてくれた、
お肉の美味しい食べ方を教えてくれた、
私の踊りを観て、「あんな踊りでよくやってるなおまえ」と言ってくれた、
「そのベストいいね」とオシ君が言ったらサッと脱いで財布からお金出して
「やるわ。これクリーニング代。」と言って惜しげもなくくれた、
若気の至りで西宮のおうちに何の連絡もなくしかも夕ご飯時に泊まりに行っても
「よく来たな」と歓迎してくれた、
インドネシアに出発する前日に我が家のレベルでは絶対に敷居をまたげない高級店で
おばちゃんと一緒にご馳走してくれて「気をつけて行ってこいよ」と送ってくれた、
向こうに行ったら読めないからコレもコレも持ってけと
週刊誌から月刊誌から新聞から何から持たせてくれた、
インドネシアから帰国した時、鎌ヶ谷のおうちで「よく元気に帰ってきたな」と出迎えてくれた、
巳代治おじちゃんが亡くなった。

親以上に愛情を注いでくれた大事な人だった。

企業戦士で、昭和を引っ張って来た人だった。
6回の転勤13回の転居を経て、最後は千葉の鎌ヶ谷でこれから悠々自適の生活を送れるはずだった。
しかし、それはかなわぬまま逝ってしまった。

今日は告別式だった。
死は生以上にリアルなのかもしれない。

ありがとう巳代治おじちゃん。
やすらかにお眠り下さい。

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  1. 2009/04/30(木) 23:59:59|
  2. 徒然
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